老年とは 神が与え給う平安なのだ
今日で、ブログ150日目。
また、「ヨーコさんの言葉」を借りてきました。
『ヨーコさんの言葉』(佐野洋子・文 北村裕花・絵 講談社 2015年)
子供をスイミング・スクールに 連れていったことがある。
…
二、三十人いると、ぬきん出て才能のある子供が、一人いるのである。
…
二、三十人いると、特別に才能に恵まれない子供が、
一人か二人いるのですね。
その特別と特別の間に、 凡庸という集団が ゾロリと存在する。
運動・スポーツにおいては、
「特別に才能に恵まれない子供」でした。
「凡庸という集団」からも、大きくかけ離れていた。
通知表は「1」か「2」のはずなのに、なぜか … 。
しわ、たるみ、しみなどが 花咲いた老人になって、 すごく気が楽になった。
もうどうでもええや、今から 男をたぶらかしたりする戦場に
出てゆくわけでもない。
世の中をはたから見るだけって、 何と幸せで心安らかで あることか。
老年とは 神が与え給う平安なのだ。
バレンタインデーだって、気にする必要はなくなりました。
「しわ、たるみ、しみ」 … 。
ジジイたちの間にいると、見劣りしなくなりました。
本当に「神が与え給う平安」だと思います。
このように、 私は何もわからない阿呆ですが、
どんなことがあっても、
戦争で若い奴らを殺したり 殺されたりしたくないと思います。
それで そのために何をしているかと 言われると何もしていません。
何もしていませんが、絶対に、 昔の国防婦人会の側に回らない、
淡谷のり子になる、 と固く決心しています。
…
でも私、拷問になんかかけられたら ひとたまりもなく
寝がえるんじゃないかと心配で、 ねむれません。
何主義でも、私は私だよと 言えればいいんです。
センゼンの世界や日本で抵抗した人々。
本を読むたびに、自分にはできないなと思ってしまいます。
だから、「平和なうちに」できることをやらなければ … 。
今日も「虎の威」ならぬ、
「ヨーコさんの言葉」を借りて、ブログを綴っています。
何度読んでも、面白いですね。
141~150 記事一覧
141 「空き家問題」、あせらず「明るく陽気に いきましょう ♫」
142 20数年取り組んできたことが「絶滅種」「記憶遺産」になろうとしています。
143 車を運転してたらネコの死骸。よけると「なに煽ってんだ!!」という恐怖。
144 ウサギとカメ、どっちの性格 ? 「火炎消火器」でした。
145 早朝の太極拳。 ついに「千日修行」を達成 !!
146 真夏の炎天下、エンストした車を後ろから押しました。教習所での体験です。
147 大学でも、何で「体育」の授業があるんだ!!と、思いました。
148 「夏祭り」の裏方、「初めてのお手伝い」です。
149 ツルや草木に覆われた「ラピュタの家」(空き家)が、切り払われました。
150 老年とは、神が与え給う平安。 「ヨーコさん」の言う通りです。