美人じゃないと思っている たくさんの同志よ !!
クセになると、やめられません。
「ヨーコさんの言葉」シリーズ。
『ヨーコさんの言葉 それが何ぼのことだ』
美人じゃないと 思っている たくさんの同志よ、
私たちは いばらの道を 歩いてきた。
…
しかし我々同志は、 実に多様であるのだ。
多様とは豊潤なことだ。
世界が豊かであることに 貢献しているのよ。
今さらこの豊かさを捨てて、エリート特権階級に首をつっこめる ?
あーつかれた。
同志よ、 わが身をはげますって つかれるよね。
「美男」「イケメン」は、自分にとって縁がない言葉。
「美人じゃないと思っている同志よ」と言われると、
思わず「オーッ!!」と言ってしまいたくなります。
「スポーツ」では「いばらの道」じゃなく、
「ビリの道」をいつも走っていたなァ(笑)。
崩壊はとどまらない、 ぐんぐん スピードを増して いくのである。
六十三になると ものわすれがひどくなり、
物の名前や人の名前が すぐ出てこない。
「あれ、あれ、」「あの人、あの人」 と日に五十回は言っている。
記憶力の肉が たれてきているのだ。
集中力が薄まり、 仕事が続かない。
精神力の肉も たれさがってきている。
うんうんとうなずきながら、読みました。
アイカタと二人でテレビを見ていて、タレントなどの名前が出てきません。
お互いに「わかっている、わかっている、あの人、あの人」の繰り返しです。
「 … あのね、 孔ちゃんが死んだって。
脳梗塞で、倒れたの。 サンフランシスコで」
気がついたら、私は受話器を持ったままで 床にペタンと座っていた。
…
何もわからず、しかし、 ただ無念だった。
私は大声を出して泣いた。
私達が老いて、 誰にも死が近づいている。
これから 生き続けるということは、
自分の周りの人達がこんな風に はがれ続けることなのだ。
老いとは そういうさびしさなのだ。
一昨日、訃報のメールが入りました。
私たちの「研究会」のなかで、最も尊敬できるお一人でした。
はるか遠方に住んでいらっしゃったので、葬儀には行けません。
神父さん、恩師、大先輩、元同僚、元同僚の連れ合いさん、同級生の … 。
この2~3年で、亡くなった人たちです。
こうやって、「死」に慣らされていきます。
かつては、「死」をおそれていたこともあるのに … 。
今は、病弱なアイカタよりも長生きしなければ … の一念だけです。