「世界遺産」と言っている Kさんにビックリ !!
Kさんが「世界遺産」という言葉を使った本を出したことにビックリしました。
父親は姉と私を残して、私が二歳のときに二度目の出征をいたしました。
そして、二度と帰らぬ人となりました。
生まれてまもなくですから、私は父親の顔も、
そのぬくもりさえも何一つ覚えておりませんし、
仏壇に飾ってある遺影を見ても、
思い出というものを何一つ思い起こすことはできません。
悲しいことに「お父さん」と呼んだことのない人生であります。
…
母親は、私が物心ついたときから行商に出ていました。
…
私がなぜ政治の道を選んだのかというと、
母親だけがそういう目に遭っているのではなかったからです。
目の前に何百万という未亡人がいる、あの戦争の犠牲者がいる。
…
私は「ケンポーキュージョーは世界遺産だ」と申し上げています。
ここまで読むと、Kさんはヤトーの人かなと思ってしまいます。
ところが違うのです。
いま、花見で大騒ぎになっているセートーの元カンジチョーさん。
『ケンポーキュウジョーはセカイイサン』(コガマコト かもがわ出版 2019年)。
かつてはこのセートーにも、キュージョーを守ろうという
ヘイワシュギシャがいたんだ !!
かつての「ハバツ」がなつかしい。
「一つ色」に染まるのは、こわいですね。
いろんな色の人がいるセートーの方がよいと、つくづく思いました。
次の記述にも、驚きます。
私は、母親の手をひいてヤスクニジンジャに行きました。
しかし、ヤスクニジンジャに昇殿参拝できるように準備をしていたのに、
母親はなんと「社頭でいい」というのです。
「せっかく用意したから、祝詞をうやうやしくあげてもらって親父の供養をしよう」
と言ったら、なんの学識もない母親がぽつりとひと言。
「ここは赤紙を出したトージョーさんも一緒やろ」と言いました。
父親を出征させた責任者である
トージョーヒデキさんもここに祀ってあるだろうという意味だと思います。
「みんなでヤスクニジンジャに参拝するコッカイギインの会」の会長も
私はしましたが、
それ以来一切、昇殿参拝はやめ、社頭参拝に留めています。
会長さんが「昇殿」しない、なんて。
断捨離の最中で、セージカの本なんて買わない自分が、
ついつい購入してしまいました。
「〇〇ノミクス」の評価は、Kさんとは違いますが。
* 注: カタカナで表記したところは、必要に応じて漢字変換してください。
なおわが家にはカミダナがあり、
義祖父母・義父母様の命日のときなど、折に触れて二拍手しています。