9月1日を 前にして
9月1日は、ボーサイの日。
1923年9月1日午前11時58分、
関東大震災である。
あれから97年。
始業式の日。
そろそろ、子どもたちが学校から帰ってくる。
母親たちが子どものために、お昼の準備をしていた。
火災が起き、余震がつづいた。
そんな中でデマが広がった。
「フテーセンジンが、井戸に毒を入れている」
「フテーセンジンが、暴動を起こしている」
そして、ジケーダンやグンタイなどによって、
数千人ともいわれるチョーセンジンが虐殺された。
のちに有名になった、ニホンジン演劇人も、
チョーセンジンに間違えられて、危ういところだった。
彼は、のちにセンタコレヤ(千駄ヶ谷のコリアン)と名乗った。
ミドリのオバサンは、
関東大震災チョーセンジンギャクサツ追悼式典に、
今年も追悼文を送らないという。
歴代の知事は送っていたのに。
阪神大震災、東日本大震災、熊本地震のなかでも、デマがとびかった。
チョーセンジンギャクサツのことは、教訓にしなければならないことだ。
ミドリのおばさんや、ヘートの人たちは、
ギャクサツそのものを、歴史から消し去ろうとしている。
ベーコクでの「人種差別」のニュースは連日、報道されている。
しかし、わがクニの、
このデマ問題を含めたミンゾクサベツについての報道は、圧倒的に少ない。
「築地を守ります」
「排除します」
「追悼文は、送りません」
ミドリのオバサンがテレビに登場するたびに、これらの言葉が思い出される。
このまま済ましていいわけがないと、自分に言い聞かせている。
世の中、
カイヨーセーダイチョーエンと、コーケーレースのニュースがあふれる中、
気になっていることを書きました。