「今日も一日、誰とも話さなかった … 」
父が亡くなってから十数年、私たちは母に毎日電話していました。
遠く離れた田舎の実家に、一人で住んでいたからです。
電話代がかさむので、途中からケータイの家族間無料通話にしました。
認知症を発症する直前の時期、いつも同じ言葉を聞きました。
「今日も一日、誰とも話さなかった」と。
すぐ隣の方が亡くなり、
もう一方の隣の方は、ご夫婦とも入院。
近所に話す人間がいなくなったのです。
高齢者にとって、集まる場所、話し相手があることは貴重なことです。
かつては、老人会は自分には無縁だと思っていました。
しかし、母のような孤独な高齢者にとっては必要だと痛感しています。
もし、母の近くに話せる相手がいたら … と思ってしまうのです。
以上の話を、自治会の役員会で話そうと思っていました。
以前お話した、自治会役員のこだわり高齢ダンセー。
「住民の10分の1程度の集まりである老人会に、
ウン万円も助成金を出すのはおかしい」と。
彼から見たら、老人会は私的な趣味サークルに見えるのでしょう。
「自分も高齢者だが、老人会に入会している者だけが、甘い汁を吸っている。
自治会の貴重なおカネを出すのは許せない」という気持ちなのではないか。
わが老人会は、毎月の例会とは別に、毎週のように部会が開かれています。
部会は、カラオケ・囲碁将棋・麻雀・手芸・絵手紙・園芸(花壇づくり)などです。
高齢者が集まり、活動する受け皿になっています。
私たちの老人会の3分の1は、伴侶をなくされた方だそうです。
老人会が高齢者福祉を目的とした公益団体であると説明しても、
こだわり高齢ダンセーは納得しません。
役員会で、手短に私の母の話をしようと考えたのです。
残念ながら議題が多すぎたので、この話をすることはできませんでした。
「老人会が要望する額を申請させて、毎回審査すべきだ。
ウン万円と言う定額を、毎年出すのはおかしい」と彼は言いつづけています。
彼の主張は、ゼロベースで考えるべきだというものです。
現在の自治会にはこれまでに蓄積されたカネもあり、財政上は余裕があります。
これまでどおり老人会に助成金を出しても、痛くもかゆくもありません。
来年度の予算案。
老人会への助成金をどうするか。
悩ましい問題です。