人生百年 有為自然

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有為自然 997  暗闇でしか 見えぬものがある  221221

  暗闇でしか 見えぬものがある  221221

 

 

「暗闇でしか見えぬものがある」

 

朝ドラ『カムカムエブリバディ』の、

モモケン尾上菊之助の決めゼリフである。

なぜか、はまってしまった。

 

わが家はちょっと前に、真っ暗闇のなかにいた。

なおさら、この言葉が身近に感じる。

 

最近、「朝ドラ」ワイドショーも見る余裕がなくなった。

久しぶりにワイドショーを見たら、

世の中がとんでもないことになっていると知った。

 

暗闇の中から、見えてきたものは何か。

 

ワイドショーの司会者が、とうとうとしゃべっている。

いつのまにか、世の中が変貌しているのだ。

メディア全体が、マインドコントロールにかかっているかのようだ。

 

大グンカクが当たり前になっている。

「そもそも、大グンカクはいいのか」という議論がない。

「大グンカクが、危険を呼び込むことにはならないのか」

「どうやったらヘーワな東アジアをつくれるのか」

そういう議論はないのである。

 

司会者がしゃべっているのは、大グンカクの「財源論」なのだ。

もう、大グンカクは当然という顔をしている。

疑問すらいだいていない。

こういうのを、「マインドコントロール下にある」というのであろう。

 

 

「食料やエネルギーの自給率をどうやって抜本的に引き上げるか」

「経済的に疲弊したコクミンの生活をどうするか」

こういう議論も皆無である。

 

テレビというメディアから離れ、暗闇にいた。

久しぶりにテレビをつけてみると、そういうことがわかったのである。

 

3代つづく史上最悪のシュショ―たちの本質もはっきりしてきた。

 

嘘八百をならべ、自分の罪に頬かむりした、

饒舌な前々シュショ―。

学者への大弾圧を開始し、

意味不明なニホンゴしか話せなかった前シュショ―。

イカ大グンカク論者たちの言うことだけに聞く耳をもつ現シュショ―。

現シュショ―は、まさに「操り人形」である。

 

支持率低調のなかで、

現シュショ―にこれまでできなかった「暴走」をやらせる。

そうやって、現シュショ―を葬り去ろうとしているセーケントー内の他派の面々。

 

しかし、「グンジ国家」への足音のなかで、

「これでいいのか」という声も出始めている。

「暗闇の中の一条の光」である。

どうやって、平和を生み出すか。

コクミンの中で、この声がすこしずつ広がることを期待したい。

 

 

新聞というメディアの中には、がんばっているところもある。

東京新聞などは、今の状況に警鐘をならしつづけている。

これぞ、「社会の木鐸である。

一方、御用新聞などは、論外だ(怒)

 

これまた、「良いこと」探しの一環で見つけた話。

「良いこと」探しとは、

「悪いこと」の中に「良いこと」の光をみつけることでもある。

 

教訓  テレビから離れていると、その劇的な変貌ぶりがわかる。

    マインドコントロールにかかったメディアの姿だ。

    新聞には「社会の木鐸」として頑張っている新聞もある。