君子危うきに近寄らず メールの落とし穴 250506

若い頃から、
何ごとにつけ「文字化」して交渉することが多かった。
ギフが○○関係の役所と交渉したが、埒があかなかった。
今度は自分が系図や要求のポイントを文書化したうえで申し入れた。
その結果、ウン百万円を支払ってもらった。
ギフは、驚いていた。
自分の給料の手当関係のミスを発見して、電話したがダメだった。
要点を箇条書きにしてから、担当の課に出かけて行った。
担当職員の間違いがわかった。
もちろん不支給の分も支払われた。
ギオバが救急車で運ばれた時、系図持参でスタート。
病院、銀行、役所 … 。
成年後見人の申請も自ら書類を作成し、家裁に足を運んだ。
損害賠償請求訴訟。
民事裁判はほとんど文書のやりとりであることを、地裁で初めて知った。
残念ながら、法廷で自分の声で訴えるチャンスはなかった。
これらはすべて成功体験である。

ところが、4月の2件のトラブルにはまいった。
スマホのラインやパソコンでのメールのやりとりは、危険なのだ。
「文字にして残しておいた方がいい」と、これまでは思っていた。
しかし、書いて送ったことが相手に伝わらないのである。
そして想定外の返信が次々と来る。
その対応に追われてしまった。
相手が「既読」となった以上、
何らかの返信をしないと、相手はさらに荒れる。
急いで「返信」したら、怒りは倍になって返ってきた。
悪循環である。
大学時代の友人(弁護士)に電話で相談した。
「そういう人はいる。お気の毒に」と大笑いされた。
彼は「メールでのやりとりは、一切しない」と。
事務連絡以外、そうなのだろう。
内容には踏み込まない。
スマホなどのメールは、
キーを叩いているうちに気分が高揚するのだそうだ。
4月にトラブルになった2人のメールは、
たしかに興奮状態で打たれたものである。
その典型が「謝罪を要求する」の一文。
怒りの感情が強い場合、メールのやりとりは禁物。
理屈がとおらない。
君子、危うきに近寄らず。
「もめごとは、メールでのやりとりをせず」を教訓としたい。
結局、「逃げるが勝ち」なのかもしれない(笑)。