「世界史」の壁 251026

高校時代、世界史も日本史もチンプンカンプンだった。
授業を聞いていても、頭に入ってこないのである。
テストは、よくて60点程度。
これでよく国立大学を受験したものだ。
もちろん落ちた。
「受験数学」は解き方を暗記し、繰り返し問題を解きさえすれば簡単だ。
ゲームと同じである。
問題を見た瞬間、卓球のように打ち返せるようになる。
マンガ『ドラゴン桜』で描かれているとおりだ。
世界史の授業でさっぱりわからなかった、パレスチナ問題。
これも、解法さえわかれば難しくない。
その解法を、まとめてみることにした。
キーワードは、「占領」と「難民」。
はたしてうまくいくかどうか。

1 パレスチナ問題は、聖地エルサレムをめぐる「宗教紛争」ではない。
エルサレムには、異なる宗教や民族の人たちが暮らしてきた。
その聖地をめぐって、争ってきたわけではない。
2 パレスチナ問題は、「憎しみの連鎖」「暴力の連鎖」と誤解されている。
「憎しみ」が問題ではなく、「憎しみ」が生まれる原因が問題だ。
加害者がきちんと罰を受け、再発を防ぐしくみがないことが問題なのである。
パレスチナ問題は、「暴力の支配」と「法の支配」の争いである。
占領者が暴力をほしいままにふるっている。
その占領者を取り締まる国際人道法が、まったく働いていないことが問題だ。
国際人道法では、武器をもたない民間人は保護しなければならない。
拷問・虐待は禁止されている。
3 キーワードは、「難民」と「占領」。
「パレスチナ難民」
1948年のイスラエル建国に始まり、2025年で77年になる。
パレスチナ難民とは、もともと住んでいた家や土地を奪われ、
故郷から追放されたパレスチナの人々とその子孫である。
「パレスチナ占領」
1967年の第三次中東戦争の結果、始まる。
2025年で58年になる。
パレスチナ人の住んでいる「ガザ地区」と「ヨルダン川西岸地区」が、
イスラエルによって占領され、支配されている。

4 ハマスのテロは原因ではなく、結果である。
ハマスの民間人殺害、人質は許される問題ではない。
ハマスは、イスラエルの占領、暴力に対する抵抗運動として生まれた。
「ハマスによる攻撃は、理由もなく起きたわけではない」(グテーレス国連事務総長)
5 イスラエルの狙いは何か ?
パレスチナ人を追い出し(民族浄化)、パレスチナのすべての土地を奪うこと。
「停戦」したあともずっと続く。
6 パレスチナ問題は、130年くらい前から始まった。
19世紀末まで、パレスチナでは異なる宗教の人々がいっしょに暮らしていた。
紛争の火種は、ヨーロッパという「外から」持ち込まれた。
7 19世紀末、ヨーロッパでは「ナショナリズム」と「反ユダヤ主義」が盛んになった。
「ドイツ人」「フランス人」という民族中心の国づくり運動がナショナリズム。
多数派のキリスト教徒は、
ユダヤ教徒(異教徒)を「ユダヤ人」という民族として差別・迫害した。
8 迫害されないために「ユダヤ人の国」をヨーロッパの外につくる運動が始まった。
「シオンの丘(=ユダヤ教の聖地)に帰る」ことを目指した。
その考え方をシオニズム、その運動を行う者をシオニストという。
「土地なき民に、民なき土地を」という「旧約聖書」の言葉を利用した。
「3000年前に先祖が住んでいた土地だから、パレスチナ人は出て行け」と。
シオニズムは、英仏独露などの「植民地主義」と同じようなものである。
9 イギリスは第一次世界大戦(1914~18)で、3つの矛盾した「約束」をした。
それまでパレスチナを支配していた、オスマン帝国の崩壊後について。
イギリスは、中東の石油資源や、スエズ運河の支配を狙っていたのだ。
① アラブ人がオスマン帝国に対する反乱を起こせば、アラブ人国家を認める。
② ユダヤ系資本家の援助を得るために、「ユダヤ人国家」の約束をする。
③ フランス・ロシアと、オスマン帝国の領土を分割する約束をする。
10 イギリスは大戦後、「委任統治」という名目で、パレスチナを支配下においた。
当時、迫害されたユダヤ人の多くが移住を目指したのは、アメリカだ。
ところが移民が増えすぎたアメリカでは、移民数が制限されるようになった。
11 ドイツでのナチス台頭が、パレスチナへの移民を一気に増やした。
ユダヤ人が裏切ったせいだ」と言いがかり。
ユダヤ人を迫害し追放し、ゲットー(ユダヤ人居住区)に押し込める。
さらにユダヤ人「絶滅作戦」を実行する。

パレスチナ人の土地を奪い、村人を追い出した。
パレスチナでは、ユダヤ人移民を止めないイギリスに対し抗議運動が起きた。
イギリスはシオニストと協力して、パレスチナ人の抵抗・反乱を抑えつけた。
混乱を治めきれなくなったイギリスは、パレスチナの管理を放棄した。
第二次世界大戦後にできたばかりの国際連合に、管理が任された。
当時、パレスチナ人は約135万人。 ユダヤ系移民は約60万人。
13 国連は、不公平な分割決議を行った。
パレスチナを「ユダヤ人の国」と「パレスチナ人の国」に分ける。
当時、人口の70%、国土の94%を所有していたパレスチナ人。
分割案は国土の56%がユダヤ人国家、44%がパレスチナ人国家に。
不公平な案だった。
アラブ諸国は独立したばかり。
世界の国々は、ユダヤ難民を受け入れたくなかった。
14 1948年、イスラエルが建国され、第一次中東戦争が起きた。
イスラエル軍 ←→ 建国に反対のアラブ連合軍(エジプト、ヨルダン、シリアなど)
やる気、優秀な武器 ←→ 指揮系統バラバラ
休戦交渉 イスラエル 78%の土地
残った22% ヨルダン川西岸地区(ヨルダン支配)
ガザ地区(エジプト支配)
15 パレスチナ人 約135万人のうち、約75万人が、故郷を追われ、難民になる。
難民問題 2つの特徴 ① 時間の長さ 77年 ② 約600万人に増える
帰還権 難民が故郷に帰る権利 イスラエルによって奪われている
16 パレスチナ人が故郷を追われた歴史=「ナクバ」の原因と歴史の消去。
「ナクバ」 国際社会とシオニストによって故郷を奪われた歴史のこと
ガザ地区 難民出身の割合が多い → 抵抗運動の激化 → ハマスの誕生
「国連案」 「ユダヤ人が圧倒的に多い国」ではなく、ユダヤ人比率60%程度の国
イスラエルに都合の悪い歴史を消す 村の名前 アラビア語 → ヘブライ語
村々の廃墟 → 「環境保護」の名目で植林 記録や文献の破棄

本屋さんから届いた『君の町がガザだったら』第4章、第5章を要約してみました。
パレスチナの歴史を解くカギ。
少しでも、おわかりいただけましたでしょうか ?
自分の無知の反省としてまとめてみました。