人生百年 有為自然

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有為自然 1331 「世界史」の壁 251026

   「世界史」の壁  251026

 

 

高校時代、世界史日本史もチンプンカンプンだった。

授業を聞いていても、頭に入ってこないのである。

テストは、よくて60点程度。

これでよく国立大学を受験したものだ。

もちろん落ちた。

 

「受験数学」は解き方を暗記し、繰り返し問題を解きさえすれば簡単だ。

ゲームと同じである。

問題を見た瞬間、卓球のように打ち返せるようになる。

マンガドラゴン桜で描かれているとおりだ。

 

世界史の授業でさっぱりわからなかった、パレスチナ問題。

これも、解法さえわかれば難しくない。

その解法を、まとめてみることにした。

キーワードは、「占領」「難民」。

はたしてうまくいくかどうか。

 



1 パレスチナ問題は、聖地エルサレムをめぐる「宗教紛争」ではない。

  エルサレムには、異なる宗教や民族の人たちが暮らしてきた。

  ユダヤ教キリスト教イスラム教。

  その聖地をめぐって、争ってきたわけではない。

 

  パレスチナ人はみな、イスラム教徒ではない。

    多くはイスラム教徒であるが、10%はキリスト教徒である。

 

  イスラエル国民はみな、ユダヤ人ではない。

    ユダヤ人が多いが、20%はパレスチナ人だ。

 

2 パレスチナ問題は、「憎しみの連鎖」「暴力の連鎖」と誤解されている。

    「憎しみ」が問題ではなく、「憎しみ」が生まれる原因が問題だ。

    加害者がきちんと罰を受け、再発を防ぐしくみがないことが問題なのである。

 

  パレスチナ問題は、「暴力の支配」と「法の支配」の争いである。

    占領者が暴力をほしいままにふるっている。

    その占領者を取り締まる国際人道法が、まったく働いていないことが問題だ。

    国際人道法では、武器をもたない民間人は保護しなければならない。

    拷問・虐待は禁止されている。

 

3 キーワードは、「難民」と「占領」。

  パレスチナ難民」

    1948年のイスラエル建国に始まり、2025年で77年になる。

    パレスチナ難民とは、もともと住んでいた家や土地を奪われ、

    故郷から追放されたパレスチナの人々とその子孫である。

 

  パレスチナ占領」

    1967年の第三次中東戦争の結果、始まる。

    2025年で58年になる。

    パレスチナ人の住んでいるガザ地区ヨルダン川西岸地区が、

    イスラエルによって占領され、支配されている。

 



4 ハマスのテロは原因ではなく、結果である。

    ハマスの民間人殺害、人質は許される問題ではない。

    ハマスは、イスラエルの占領、暴力に対する抵抗運動として生まれた。

    ハマスによる攻撃は、理由もなく起きたわけではない(グテーレス国連事務総長

 

5 イスラエルの狙いは何か ?

    パレスチナ人を追い出し民族浄化パレスチナすべての土地を奪うこと。

    「停戦」したあともずっと続く。

 

6 パレスチナ問題は、130年くらい前から始まった。

    19世紀末まで、パレスチナでは異なる宗教の人々がいっしょに暮らしていた。

    紛争の火種は、ヨーロッパという「外から」持ち込まれた。

 

7 19世紀末、ヨーロッパでは「ナショナリズム」と「反ユダヤ主義」が盛んになった。

    「ドイツ人」「フランス人」という民族中心の国づくり運動がナショナリズム

    多数派のキリスト教徒は、

    ユダヤ教徒(異教徒)ユダヤ人」という民族として差別・迫害した。

 

8 迫害されないために「ユダヤ人の国」をヨーロッパの外につくる運動が始まった。

    「シオンの丘(=ユダヤ教の聖地)に帰る」ことを目指した。

    その考え方をシオニズム、その運動を行う者をシオニストという。

    「土地なき民に、民なき土地を」という旧約聖書」の言葉を利用した。

    「3000年前に先祖が住んでいた土地だから、パレスチナ人は出て行け」と。

    シオニズムは、英仏独露などの植民地主義と同じようなものである。

 

9 イギリスは第一次世界大戦(1914~18)で、3つの矛盾した「約束」をした。

    それまでパレスチナを支配していた、オスマン帝国の崩壊後について。

    イギリスは、中東の石油資源や、スエズ運河の支配を狙っていたのだ。

    ① アラブ人がオスマン帝国に対する反乱を起こせば、アラブ人国家を認める。

    ② ユダヤ系資本家の援助を得るために、ユダヤ人国家」の約束をする。 

    ③ フランス・ロシアと、オスマン帝国の領土を分割する約束をする。

 

10 イギリスは大戦後、「委任統治」という名目で、パレスチナ支配下においた。

    イギリス統治下で、ユダヤ人のパレスチナへの移住が始まった。

    当時、迫害されたユダヤ人の多くが移住を目指したのは、アメリだ。

    ところが移民が増えすぎたアメリカでは、移民数が制限されるようになった。

    行き場に困ったユダヤの人々は、パレスチナを目指した。

 

11 ドイツでのナチス台頭が、パレスチナへの移民を一気に増やした。

    ナチスは、「優れたドイツ民族が第一次大戦で敗れたのは、

    ユダヤ人が裏切ったせいだ」と言いがかり。

    ユダヤ人を迫害し追放し、ゲットーユダヤ人居住区)に押し込める。

    さらにユダヤ「絶滅作戦」を実行する。

    アウシュヴィッツ強制収容所などでの虐殺は、約600万人。

 



12 パレスチナで急激に増えたユダヤ移民は、

  パレスチナ人の土地を奪い、村人を追い出した。

    パレスチナでは、ユダヤ人移民を止めないイギリスに対し抗議運動が起きた。

    イギリスはシオニストと協力して、パレスチナ人の抵抗・反乱を抑えつけた。

    混乱を治めきれなくなったイギリスは、パレスチナの管理を放棄した。

    第二次世界大戦後にできたばかりの国際連合に、管理が任された。

    当時、パレスチナ人は約135万人。 ユダヤ系移民は約60万人。

 

13 国連は、不公平な分割決議を行った。

    パレスチナユダヤ人の国」パレスチナ人の国」に分ける。

    当時、人口の70%、国土の94%を所有していたパレスチナ人。

    分割案は国土の56%がユダヤ人国家44%がパレスチナ人国家に。 

    不公平な案だった。

    アラブ諸国は独立したばかり。

    世界の国々は、ユダヤ難民を受け入れたくなかった。

 

14 1948年、イスラエルが建国され、第一次中東戦争が起きた。

    イスラエル軍 ←→ 建国に反対のアラブ連合軍(エジプト、ヨルダン、シリアなど)

    やる気、優秀な武器  ←→ 指揮系統バラバラ

    休戦交渉  イスラエル 78%の土地  

          残った22% ヨルダン川西岸地区(ヨルダン支配)

                ガザ地区(エジプト支配)

 

15 パレスチナ人 約135万人のうち、約75万人が、故郷を追われ、難民になる。

  難民問題 2つの特徴  ① 時間の長さ 77年  ② 約600万人に増える

  帰還権  難民が故郷に帰る権利  イスラエルによって奪われている

 

16 パレスチナ人が故郷を追われた歴史=「ナクバ」の原因と歴史の消去。

    「ナクバ」 国際社会とシオニストによって故郷を奪われた歴史のこと

    ガザ地区  難民出身の割合が多い → 抵抗運動の激化 → ハマスの誕生

    「国連案」 「ユダヤ人が圧倒的に多い国」ではなく、ユダヤ人比率60%程度の国

         シオニストたち不満 建国前にパレスチナ人を追い出す作戦。

    イスラエルに都合の悪い歴史を消す 村の名前 アラビア語 → ヘブライ語

    村々の廃墟 → 「環境保護」の名目で植林  記録や文献の破棄

 

 

本屋さんから届いた『君の町がガザだったら』第4章、第5章を要約してみました。

パレスチナの歴史を解くカギ。

少しでも、おわかりいただけましたでしょうか ? 

自分の無知の反省としてまとめてみました。