それって 「鬼平」と同じじゃない ? 話(31)
Kセンセーは、語りつづけます。
「大変なコーコー」に転勤してきて、はじめてガクネンシュニンになった。
セートたちを卒業させたら、今度はセートシドーシュニン。
セートシドーシュニンになっても、「塗夢装屋同好会」の顧問は続けた。
トクベツシドーの件数は、年に70件ぐらい。
毎週2件ぐらいのペースである。
トクベツシドーは、ほとんどが学校内での「キンシン(謹慎)シドー」が中心。
程度によって、3日、5日、1週間 … 。
その期間、問題を起こしたセートはクラスに行かずに、
トクベツシツ(個室)で勉強。
「キンシンシドー」をめぐっては、キョーシ間で議論があった。
それはまた、別な機会に。
キンシン中、セートとよく話した。
自分がキョーカ担任だった場合には、コジンジュギヨー。
スーガクなどの面倒もみてやった。
「エッ、センセー、スーガクも教えるの?」
「キョーカ担当じゃないよ。 驚いただろう」
そして、キンシンが終わる時に、
セートが「部活をやっていない」とわかると、
「ペンキ塗りの同好会に入らないか。
就職試験などの面接で、役に立つぞ」と誘った。
これでは、「鬼平」と同じじゃないか。
かつての「〇〇」を、自分の「手下」にする。
キンシンシドーを受けたセートとも、ペンキ塗りをしながらいろいろ話した。
なぜか、これも楽しい思い出である。
就職試験などの面接では、ぜったい有利である。
「帰宅部」ではなく、「塗夢装屋倶楽部」と答えるのだ。
面接官は聞くだろう。
「とむそうやくらぶって、何?」
セートから説明を聞いて、感心するに違いない。
ガッコーはきれいになるし、セート本人の進路にも役立つ。
一石二鳥である。
Kセンセーの話を聞いていると、こちらも楽しくなってきます。
実際には、そんなにうまい話ばかりではなかったそうですが … 。
さて、ペンキ塗りの話は、最後にスケールの大きな話と、悲しい話で終わります。
それでは、お楽しみに(笑)。
次回は、ちょっと脇道へ。