百歳以上は 何人 ? 今年は 紀元何年 ? 260111

今年のスタートは、腰痛・膝痛・猫背対策から始まりました。
次に取り組んでいるのは、「しゃべり場」の準備です。
ジンム スイゼイ アンネイ イトク コウショウ コウアン コウレイ
コウゲン カイカ スジン スイニン ケイコウ セイム チュウアイ
オウジン ニントク リチュウ ハンゼイ インギョウ アンコウ ユウリャク
以下略 …
ここまでは、暗唱しました。
父母たちの時代には、125代まで諳んじたそうです。
まずは、一覧表の作成です。
( )は、即位年と没年齢。
ウィキペディアからの借用です。
不確かな「?」は省略しました。
この一覧表で、気づくことは何でしょう?
① 神武(前660 127歳)
② 綏靖(前581 84歳) ③ 安寧(前549 67歳)
④ 懿徳(前510 77歳) ⑤ 孝昭(前475 114歳) ⑥ 孝安(前392 137歳)
⑦ 孝霊(前290 128歳) ⑧ 孝元(前214 116歳) ⑨ 開化(前158 111歳)
― 欠史8代 ―
⑩ 崇神(前97 119歳) ⑪ 垂仁(前29 139歳) ⑫ 景行(71 143歳)
⑬ 成務(131 107歳) ⑭ 仲哀(192 53歳)
⑮ 応神(270 111歳) ⑯ 仁徳(313 110歳) ⑰ 履中(400 70歳)
⑱ 反正(406 75歳) ⑲ 允恭(412 78歳) ⑳ 安康(453 56歳)
21 雄略(456 62歳)
100歳以上の人は、何人 ?
「なぜ、こんなに多いのだろう?」
かつて、こんな質問をしたら、
「長生きの家系だったから」という答えがありました。
う ~ ん。
もともとは、西暦 紀元前660年2月11日に、
初代神武が即位したという話からきています。
そのために、約1000年の間に10数人の系図をつくらなければならなくなった。
だから100歳以上の人が、12人も登場したというわけです。
紀元前660年は、何時代 ?
旧石器 → 縄文 → 弥生 → 古墳 → 飛鳥 → 奈良 → 平安 → 鎌倉 …

縄文時代です。
石器や竪穴住居、狩猟採集の時代。
一部、鉄器や稲作がある弥生時代に入っている地域もあります。
列島に大陸から、文字・暦が伝来したのは5世紀(古墳時代)と言われています。
暦や文字が伝わる1000年も前のことが、記録できるわけがありません。
結論から言えば、
「紀元前660年2月11日に神武が即位した」というのはフィクションです。
紀元前660年にした理由は?
中国の「辛酉革命説]」を根拠にしてつくられたのではないか。
60年に一度の「辛酉(かのととり)」の年には、革命が起きる。
その21回目には、大革命が起きる。
その年に、最初の天皇が即位したとすればいい。
推古の時代の601年から1260年前(60×21)の
「辛酉」の年を設定したわけです。
では、最初の実在の人物は誰か?
確実視されているのは、雄略(オオハツセワカタケ)。
埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣名に、「ワカタケル大王」
熊本県江田船山古墳出土の鉄刀名に、「ワカタケル大王」
と読める文字が刻まれていたからです。
同時代の文字資料としては、
「讃・珍・済・興・武」が、「応神 ~ 雄略」にあたるのではないか。
こんなことに取り組んでいると、
玄関ポストにチラシが投函されました。
「紀元2700年」の文字が入っています。
そうか、もう意識して動いている人たちがいるのか。
今年は西暦の2026年。
ではいわゆる「日本紀元」では、何年?
2686年。
かつて、「紀元2600年」(西暦1940年)を盛大に祭る行事があったことをご存知ですか?
父や母は学生だったころで、動員されたという話です。
太平洋戦争に突入する前の年でした。
歌もありました。
♫ 雲にそびえる高千穂の
高根おろしに草も木も
なびきふしけん大御代を
仰ぐ今日こそたのしけれ
すでに 「紀元2700年祭」(西暦2040年)の計画が、進行中なのか。
たぶん、そうなのだろう。
そして新しい戦争の時代へ ?
「紀元2600年」「紀元2700年」「初代の即位」。
すべてフィクション。
なおこのころはまだ「天皇」という呼び方そのものが存在しません。
「おおきみ」でした。
ついつい一覧表にはまってしまいました。
ときどき、「しゃべり場」の準備などを綴っていきます。