人生百年 有為自然

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有為自然 174    街で見かけても わからないね

 

   街で見かけても わからないね

 

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「〇〇先生を偲ぶ会」のホテルロビー。

 

ウン十年ぶりに会うメンバーです。

最初に現れたのは、後輩のA君

 

つづいて、高校受験の前日、列車のなかで一目ぼれした同級生のBさん。

「太ったねぇ」

「街で見かけても、わからないね」

「健康優良児というところかな」

女性に対して発する言葉ではありません。

かつての華奢な姿は、どこにもない。

本人も笑いながら、「体重が1.5倍になった」と言っていました。

私も以前、1.5倍になっていたことがあります。

今は、「20歳」のころの体重です。

 

白い髭を顔じゅうに伸ばした、チョイ悪おやじ風の同級生のC君

今年の2月に、妻を亡くしたばかりでした。

 

気がついたら別のテーブルで話し込んでいる、後輩のD君

「全然、変わらないね」と言うと、

「成長していないということですよねぇ」と。

「いやいや君は、高校時代にすでに成長していたんだよ」と返します。

 

亡くなった後輩の妻であるEさん

「どうして、皆さん、お知り合いになったのですか?」

「受験体制に批判的な生徒が集まった弁論部と、

その周囲の人間たちです」と答えました。

 

そして先生の奥様に、先生の弟さん

先生と奥様の世話をしてきた司法書士のGさん(先生の教え子、私たちの6年後輩)。

 

私が「乾杯」の音頭をとりました。

後輩に、「人間というのは、社会の中でもまれて変わるものだけど、

◇◇先輩は、話し方も生き方も高校時代のままですね」と言われます。

つまり、成長していない !!(笑)

生きる姿勢は変わっていない、そうだと自分でも思っています。

 

そもそも集まったメンバーは、「弁論部」とその「周囲」の人間たち。

受験教育のあり方を批判する同好会をつくろうとしたところ、

〇〇先生から「職員会議で承認されるのはむずかしいと思う。

部員ゼロの弁論部で活動した方が早い」と助言されたのです。

先生は、そのときの顧問でした。

「授業」を教わったのは、3人だけ。

ちなみに、公の場、文化祭で「弁論」したのは、私しかいません。

「名ばかり弁論部」と言った方がよいかもしれません。

 

「偲ぶ会」での話は、つづきます。