失われた10年 蓄えた10年 230111
今日は、何の日 ?
「4分の3ポッキーの日」 ?
「あの年から、ちょうど10年」ということに気づいた。
かつては箱根駅伝を見たあと、箱根の保養所に電話をかけていた。
「キャンセルが出ていませんか」とたずねる。
たいがい、それで予約がとれた。
年末には予約が殺到するため、年明けのキャンセル狙いをしていたのだ。
箱根の外輪山から見た富士山は、最高である。
ギフが生きている頃は、アイカタ・ギフといつも3人。
ギフやチチが亡くなったあとは、アイカタ・ハハと3人。
箱根の温泉に泊ったあとは、伊豆に下りてもう一泊。
ハハは、チチが亡くなったあと毎年、わが家で年を越した。
「子どものいないわが家は、ギボ・ギフが亡くなり寂しいだろう」
ということを口実にして来ていた。
ハハもチチが亡くなった後は一人だったので、こちらから誘ったのだ。
ハハは田舎の空港から一人で飛行機にのり、羽田まで。
自分は、車で羽田に迎えに行っていた。
搭乗券を忘れてしまったのに、
航空会社の優しいはからいで搭乗させてもらったことも。
もうすでに認知症の兆候が出ていたのだろう。
最後に来たのは、ちょうど10年前。
来ることができなくなったのは、
10年前の夏、ハハが認知症を発症し入院・入所したからである。
86歳の年だった。
それ以来、わが家では旅行することが一切なくなった。
この10年は、「空白の10年」「失われた10年」である。
その間にアイカタは足が弱くなり、
ついに脊椎圧迫骨折をひきおこして入院。
退院後は介護生活。
この10年の間に、
自分は退職して自由の身になったというのに … 。
しかし、「失われた」だけではない。
こういう時には、逆のことも考えることにしている。
「蓄える」こともつづけていたのだ。
太極拳、ウォーキング、
高血圧と腰痛の治療、
地域ボランティア、自治会、自主防災、
近所で100人を越える知り合い … 。
今年はその「蓄え」を、
再生・復活に活かしていくつもりだ。
まとめ 以前は毎年正月、ギフorハハとアイカタの3人で箱根・伊豆へ。
ハハが認知症を発症して以来この10年、旅行していない。
しかし、蓄えた10年でもある。
今年はその蓄えを、再生・復活に活かしていく。
1001~1010 記事一覧
1001 新たな始まりは 「再生 復活」の物語 221225
1002 やっと「茶色のカーテン」をはずした 221227
1003 諦めたらゲーム終了 介護申請をした 221229
1004 年賀状を無事投函 よいお年をお迎えください 221231
1005 「再生」「復活」「断捨離」元年 今年もよろしくお願い致します 230101
1006 「一年の計は元旦」にせず 風の吹くまま気の向くまま 230103
1007 大グンカク・ゲンパツ再稼働などで 高笑しているのは ? 230105
1008 ポカポカ太極拳 日向ぼっこ草むしり 230107
1009 電力自給率 Aさん家は150% わが家は98% この違いは ? 230109
1010 あれから10年 失われた10年 蓄えた10年 230110